彼には無数の名があるという。
上古黎明期の名は「マイロン」とされ、時に細工師「アルタノ」を自称し、敵からは身の毛のよだつ者の冒涜名として「サウロン」と呼ばわれる。しかし当人は特に運命を与える者の意を込めて「アンナタール」を称することを最も好んでいる。
メルドール──西方では「モルドール」と悪意を込めて転訛される、ウトゥムノを相続した新たなる第二の神統の王であり、そして同時に途方もないトリックスターである。
結果として敵視される西部からは「モルゴス」の後継者と見なされ、その邪悪さを継いだとしばしば言われているが、それは偏狭な誤解に過ぎない。彼は元より父神も、長兄神も、他の兄弟姉妹の神々も、そして遍くその被造物たちすらも、心底から小馬鹿にし、嘲弄しているのだ。
例外は、既にその存在が怨敵ウルバンディの手によって喪われてしまった愛しき姉神フルイスインと、己の美的感覚に最もそぐわしいエルフのみである。
ある経緯から彼らから深く恨まれるようになってからすらなお、彼はエルフだけはしばしば贔屓して、今でも暗に庇護しているのだ。
また、かの有名な「一つの指輪」の神話に至っては、彼が嘲笑いながらしばしば逆に悪戯に利用する話の種だ。指輪一つをはるばる遠くの火口に放り込めば、悪は滅びて何とかなる?
そんなマクガフィンによる喜劇を彼は、無数に造ることが可能な、神なる工芸品の数々に仕込み、定命の者が無駄な必死さにあえぐのを、その眼で見て楽しんでいるのだ。
そもそも、本来彼にとっては神王という地位すら、〈遍在化〉を経てアルダの地を退いたメルコールから、勝手に押し付けられた馬鹿馬鹿しい責任に過ぎないのだ。彼には大それた使命も、野心も、ましてや「堕落」なども最初から存在していない。
しかし、様々な法治や技術、知的な物の一切が彼にとって遊びをより洒脱で面白くしてくれることもまた事実である。ゆえに彼は一応の所、優秀なメルドールの統治者であり、現在のアルダの直接的支配者としては殊の外うまく事をやり遂げている。
またアンナタールは、アルダのみならず多元宇宙の広がりを以前より知っており、唯一なる神を名乗っていた父神イルーヴァタールの自認が、誇大妄想に過ぎなかったこともとうの昔に承知している。
彼は〈アンバーの宮廷〉とも〈混沌の宮廷〉とも往来を重ね、常にスリルに満ちた社交と外交の折衝を楽しんでいる。取り分け〈混沌の宮廷〉では「アルダ辺境伯」の爵位を得ており、その序列は、ヴィーヤウトゥムノ伯たるロムンクァリィの幾分か上にあたる。

