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SikabaneWorksが関係するコンテンツ(主に*band系ローグライク)の開発近況・補足から全く個人的な雑記まで。

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2011/01/04

[ファンタジー]何故タラヲは氏ぬべきなのか

実のところ、2ch実況でサザエさん放映時に、タラヲ氏ねスレが立つ事が慣例になっている事を初めて知った。タラヲの一挙動一挙動の中でウザさを感じたらひたすらに罵詈雑言を書き連ねていくスレだそうな。

ただ、どんなに団結や迎合が成されているように見えても、その実、互いに考えている仔細がが全く別物だったりする事が多いのがネット上の交流である。同じ「タラヲ氏ね」の書き込みでも、全く社交辞令に過ぎない場合から(建設的かどうかは最後に語るが)真摯な憎悪を注いでる人まで十人十色だろう。その辺を踏まえた上で、後者の場合思うところが何なのかをちょっと考えてみる。頻出するテンプレにこんなのがある。

※タラヲの特徴

(1)自尊心が異常に強い。自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようとする
(2)食べ物に対する異常な執着。自分だけ独占しようとする。
(3)基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため、性格がうっとうしい。
(4)責任感の欠如。自分で責任をとろうとせず、他人へなすり付けようとする。
(5)平気で他人を裏切る。表面上は取り繕っていても、いざとなると躊躇なく裏切る。
(6)一人では何もできない。(サザエ、カツオと一緒でしか行動できない)
(7)他人が間違いを犯すと嬉々として攻撃するくせに、自分の間違いは決して認めない。
(8)外見に対し非常にこだわる。表面上だけは取り繕おうとするが、行動がそれを裏切ってる

なるほど、ガキの自分に見ていた頃には気にならなかったような──むしろ自分もガキだったのである意味当然だと思えていたエピソードが、今振り返ると、上記ごもっともに見えてくる。だが一方で、三歳児だったか五歳児だったかに向かって、これらの要素を罵倒するのも非常におかしな話だ。タラヲ氏ねスレに否定的な人達のもっぱらの意見はこの辺にある。スレ住人の方こそ大人気ない。本物の三歳児、五歳児にはもっと酷い奴がいるだろうと嗜めるのが定例の様子である。

だが、タラヲ氏ねを真に憎悪を込めて書き込んでる人にしてみれば、恐らくそんな事は分かりきってる話だろう。むしろ、それが分かっているからこそ、余計に憎悪を募らせているはずのではないかと考える余地がある気がする。

日本人なら誰しも知ってる国民的アニメの中で、幼児的な欠陥を露出しているキャラは数多い。大抵はその幼児性こそが彼らのキャラクター性の第一義になっていて、さりげない日々の中でそれを臆面もなく繰り出し、それでしっぺ返しを食らってオチがつくのが、ドラえもんにせよ、ちびまる子にせよ定型の展開になっている。同じサザエさんにのキャラにしても、特にカツオにはそれが降り注ぐケースが非常に多く、彼が磯野家の中でも引き立った主役にしているのはこの点に尽きるだろう。

しかし、そんな中でタラヲは極めて異質だ。ほとんどが小学生で構成されているこれらの幼児性キャラと比較しても年齢が低すぎる事もあるのだろうが、幼児性をいくら露出しても、最終的な結果がしっぺ返しらしいしっぺ返しに至ったことがない。イクラやリカのような同年代の子供達とのトラブルがあっても、必ず収拾がつくように筋道立っている。大抵はイクラやリカの方が譲歩したり、タラヲ自身が努力しなくても自然と何とかなってしまうケースがこれを占める。ここまで世界の文脈に守られている存在はそうそうない。普通に腹が立ってくるものだろう。

さらに話を展開すれば、憎悪の要素はそれだけに止まらない。何故ならそんなタラヲの世界的な過保護に対して、現実の我々の何割かには確実にデジャヴや郷愁のようなものを感じているはずだからだ。このご時勢、現実の家庭はサザエさんのような構成になっている方が稀なことだと思うが、それでも我々の内、タラヲのような日々を送った経験のある人は一定数いるはずなのである。

どうか思い出して欲しい。3〜5歳の自分に対して周りは二周りも三周りも大きい大人か兄さん姉さん方ばかり。だが、彼らはその大きさに関わらず、皆自分に対して甲斐甲斐しく、多少の無理は泣いてわめけばすぐに叶えてくれたり、即効でなくても後々フォローを与えてくれたりする。託児所、保育園という最初の社会空間に通う時期が遅れるとこの時期はさらに長くなるだろう。個人によって全くなかったり、長さの多少はあるだろうが、この至福の時期は永遠でない事は、皆こうして成長の中で思い知った通りである。フロイトの言う所の口唇期的な要素はある意味、乳幼児よりもむしろこの時期に集中するのではあるまいか。

しかるにタラヲを見よ。奴めはこの時期を実にアニメ版サザエさんが今の形態をとり始めて以来、「サザエさん時空」の中で、我々が長くても二、三年しか味わえなかった至福の口唇期を今もなお貪り続けている。その姿を日曜の夕方、さんざん我々に見せつけた挙句、我々に残されたものは来る暗黒の月曜日の足音と、それに伴う「サザエさん症候群」の鬱屈だけである。これはたとい国民的アニメが産んだ虚構の存在に過ぎないとしても、心から憎む者が居ても仕方ない。

昔から、朝目新聞や虹裏のコラ、はたまた同人などで、すがすがしいまでに俗悪(ほめ言葉)なパロディはいくつも見かけているのだが、そういうネタのほとんどは、タラヲの年齢よりさらに上の欲動──俗な金銭欲や性欲をひけらかすものだったり、平和な磯野家の家庭そのものが崩壊する内容が多数を占めている。

上のひどい(やはりほめ言葉)同人シューティングなどその極めつけだと思うのだが、これもまた我々がタラヲに注ぐ復讐の一種だと言えるのではないか。奴を至福のまどろみから無理やり引きずり出すにはここまでするしかないのである。

ここまで書き連ねると、結局、このような感情を抱くことがどこまでも後ろ向きに見えるかも知れない。だが、過去を拒絶する行為というのは大抵、現在と未来を何とかして行こうという前向きな姿勢とも表裏一体になっているはずものだ。今この時代を大人として生きていくためには、今なおどこかで疼きかねない幼児性と決別する振る舞いをどこかで見せなければならない。自分もまた、黒歴史とも言える己の幼児性を振り返りつつ、ここに一つ記しておきたい。

『タラヲ氏ね』