2011/05/31
■ [*band][小説草稿]D'angbandバックストーリー(プロローグ4)
最終的に構想通り完結した後の加筆修正を思うと、まだぞっとするがまだまだ続く。
■プロローグ・4
「初対面から刺々しい態度と言動はお控えなさい、御二方。奇しくもこのような立場の方々と直に言葉を交わす機会が得られたのです。この出会い、我々の中でもあなた方なりに有意義なものがあると思いませんか?」
エルフの貴人が嗜めても、二人の我々に対する態度や冷淡な目線は変わらない。
だが座した男は、エルフの貴人に反発する様子までは見せなかった。テーブルに置かれた奇妙な物品で、我々が入室する前からこなしていたらしい何らかの雑事を、無言のまま淡々と再開しはじめたのだ。
彼は何か奇妙な板──エルフの貴人が出会ったばかりの時に、脇に抱えた板と似たようなものだった──を本を開くように広げていた。だが、やはり我々の知る本とは具合の違うものらしく、横に傾けて読んでいる。テーブルに置いてこそもいるのだが、装丁の形は奇妙で、我々に覗かれたくないのか全開に開かれていない。テーブルについてない側が倒れることなく、彼の目線に向けられているのも不思議なものだった。外側の材質はなめし革にしても艶が強めで、依然皆目検討がつかなかった。
しかも、彼は本に似たその何かを単に読むのでも、何かをペンで加筆している様子でもない。浮いている側を見つめながら、テーブルにつけた側に手のひらで両手をかざしつつ、極めて手馴れた調子で何かを、十本の指でひたすらに突いている。沈黙した一室の中で、カタカタカタという聞きなれぬ音だけがしばし響いた。
そんな様子に目を奪われて気づかなかったが、もう一人の立っている狂眼の男も、再び立ったまま部屋の左隅でかしこまったまま、宙を見ている。私達がこの場にいることを、少なくとも黙認する気にはなったらしい。
「和解した友人と言うのが最初の彼、もう一人の彼はその従僕です。先の通り、主従揃って意固地な性情ではありますが、それらは一種の実直さに合わさったものだと見ていただければ、せめてもの幸いです」
弁解するエルフの貴人の調子は、相変わらず、何かの罠と疑いたくなるほどの朗らかさだった。しかし、どんな真意や気紛れだろうと、我々に休む場を提供できるようにと、気配りの中に忍ばせる誠意は間違いなく、本物だったのだろう。
西の故郷を使命を持って旅立って以来、伝え聞いたこととは全く離れた厳しさに苛まれ続けてきた我々は、この頃、しばしば良からぬ猜疑心に囚われること著しかった。そこをもってしても、このエルフの貴人の調子には気を緩めてしまう何かがあった。
同時に我々は、どこか夢心地にでもなっているようだった。
よくよく考えれば、こんな荒野の真ん中に、我々の想像をかけ離れた何もかもを使い「旅」をしているという一行と何の予兆もなく出会うのも、とんと奇妙な話だったろう。
彼等の容姿が半端にエルフや北方人に近いというのも、どこか妙な夢見がちなものを感じた。私は同志達と揃いも揃って、旅の疲れで譫妄に陥っているのではという思いに囚われていた。
しかし、次に聞いた何気ない一言で、私の現実感は何故かはっきりと立ち戻ってきたようだった。
「こうして『ここの』西の民と直に対面すること自体は初めてになるよ。これもまた貴重な体験とさせてもらおうかな」
何語で話しているのか分からない、だが意味だけは極めて明瞭に伝わってきた。その話し手は先のドゥネダインもどきの男の隣、テーブルの真ん中で堂々と座す、我々の平均とそう変わらない背格好の男だった。
服装は鮮やかな緑色をした上質のチュニックを着ており、我々の知る民俗にかなり近い。どちらかと言えばエルフの文化を幾分か受け継いだ、灰色港付近の人間の小領主が着こなす類のものだ。
髪の色は鮮烈に赤く、波打つ癖毛が燃えているようにも見えた。顔つきは神経質そうで、一見すれば先ほどの二人よりも、さらに冷淡でよそよそしそうな表情を見せそうに思える。だが、それの予想に反してうっすらと素直な笑みを浮かべており、我々へ好奇の感情なりに好意を持っている様子は伺えた。
「是非とも、またあなたの『着想』に結びつくならば幸いです」
エルフの貴人が慇懃に礼をした。つまるところ、和解に貢献してくれた賓客というのが彼なのだろうか。