2011/05/30
■ [ヴィーヤウトゥムノ]D'angbandバックストーリー(プロローグ3)
無難に続ける。
■プロローグ・3
キャンピングカーの中に入ったエルフの貴人は、左手奥の通路に向けて数度の会話を投げかけた。聞き覚えのない言葉だったが、おそらく我々という来客を招き入れるために、先に語ったところの「和解した友人と賓客」に断りを入れていたのだろう。
いかにも「よし」という意味らしい一語を発すると、今度は西方語で「どうぞ、お入り下さい」と、依然にこやかな調子で我々を招き入れた。
中は冷え込みつつある平原に反して、春の野のように暖かだった。嫌味にならぬ程度の香料が炊きこめられ、ぬぐった鼻の中にどこか遠く離れた西の故郷を脳裏に思わせるような、心地よさがあった。
我等五人全員が入った時点で後ろの戸は、誰が動かすでもなく自然に閉じられた。
「中はこの通り気温まで快適に整えてありますので、外套の類はここで脱き、そちらのハンガーへおかけ下さい。小用などありましたら、厠はこの右手の方にあります」
そう言うと、彼は我々から右手に見える白い戸を、何か奇妙な突起物に触れることで開いた。中には大理石とも陶器とも知れない、艶かかったえも言われぬ曲線を持つ白亜の壷が、床に固めるように添えつけられていたが、これが便壷だと言うのだろうか?
後々の温んだ空気の中での談話で、我々は全員この便壷を利用した。自ずと蓋を開くやら、用を足した後に水が流れ出すやら、随分と驚かされることばかりであったが、これから続く話の中ではなおも些細なことでしかない。品もないのでここまでに止めておく。
左手の部屋はおそらくキャンピングカーの半分を占めるほどの容積で、中央にテーブルが、その周りを取り囲むように座席が床に添えつけられていた。
そして、彼の本来から招いていた客4人がそれに座し、従僕と思しきものが1人だけ部屋の左に立っていた。彼等はある一人を除いて、エルフの貴人のように、顔つきはどことなく我々の故郷の民に近しいものを感じる者達ばかりなのだが、服装はほとんど未知のものだった。
座した客の内、一番左の初老の男が、西方語で我々を値踏みするかのように言った。
「血の濃いドゥネダインが1名、後はドワーフやホビットの血が混じっているようだが、おおむね人間か」
容姿こそ我々の民がよく知るドゥネダインに近かったが、髭はもみあげにかかる物以外は全て剃り、髪も短く刈り上げている。衣服は細身の体つきがそのまま分かる直線的な黒の布地で、胸元を見るに中に白いシルクの布地を1枚重ね着している上、鮮やかな赤色の長い布地を首から垂らしている。全く見たことのない服装だった。
先のこの言い草の限りを見ても、この男はドゥネダインとは似て非なる者なのかと思われた。
「はるばるご苦労なことですな…せいぜい故郷で畑を耕していた方が、余程、自由の民のためになることでしょうに」
立っていた男がそれに受け答えた。侍従にしては、我々にもいずれかの主人にも礼を失している多弁さで、明白に我々を見下す調子だった。
「辻説法と長生きしか能のない輩に全幅の信頼を置き、周囲にも至福の地にもいい顔をしたがる王侯がいるからこそ、かの地では笑い一つ取れない滑稽劇が続くのです」
先の男より外見はもう少しふけて見え、長めの黒髪は整ってはいるのだが、生え際は大分禿げ上がっており、髭はただでさえ薄い様子なのを先の男と同様に剃っているようだ。
我々の立場や使命をおおよそ理解しているであろう上での侮蔑に、言い返したい気持ちが強く湧き上がったものの、この男の鋭い狂眼を見ていると、その気勢もどことなく萎えてしまった。
この男だけは、明らかに自分達の知る限りで出身が伺えた。張りのある声ながらも癖のある西方語は、北方人訛りのものだった。
服装も北方人の貴族が着る高級な布地のローブ。しかも性情の良し悪しはともかく、言葉使いの調子から、教養の高さがあることは確かに伺える。少なくとも宮廷に堂々と出入りできる身分の者なのだろう。
それだけに、この出身も定かでない上にバラバラと思われる一行の中で、まるで他の者より格下のように立っている様子が気にかかった。